BALLON JOURNAL Vol.49

宇宙人はグレン・グールドのバッハで泣けるのか

 

突然ですが皆さんグレン・グールドはお好きですか?私は大好き。

グールドは20世紀を代表するピアニストベスト5に絶対ランクインする大ピアニストであることは間違いない。多分クラシック音楽を知らない人でも知ってるピアニストNo1だと思う。数年前雑誌ブルータスが初のクラシック音楽特集を発刊した際、表紙はグレン・グールドだった。彼の存在は、もうファッションとして消費されるところまで来ている。

グールドの真骨頂は対位法的奏法であり、その真価はやはりバッハで発揮される。代名詞である、1955年と81年に録音された2つのゴルトベルク変奏曲は聴いたことはなくとも、そのタイトルを耳にしたことがある人はいるのではないだろうか。村上春樹好きならば、作中に出てくるし、映画好きならば天才精神科医にして殺人鬼のハンニバル・レクターが劇中で奏でていた(『羊たちの沈黙』での原作では1955年のテープの差し入れを依頼する)。一時期東京コレクションを見ていた頃、同シーズンに複数ブランドがこの有名なアリアをショーミュージックとして使用していた。


 

なぜグールドは愛されるのか?もはやクラシック音楽のピアニストということさえ知らない人もいるのではないか。若い頃のグールドはめちゃくちゃイケメンである。そしてピアニストとしては異端な真っ直ぐに伸ばした指、猫背、異様に低い椅で鼻歌混じり弾くエキセントリックな奏法がクラシックらしくなく、話頭に上りやすいのだろう。また極度に寒がりで少食・・・などなど奇矯な言動がどこかパンクに感じられ、カッコいいと思われるのかもしれない。

彼のバッハはジャズのようだ、グルーヴがある、などポップに解釈し、好む人もいる。いや、全くそんなことなくとてもオーセンティックに弾く音楽家と私は思う。グールドは作曲家志望で、数点作品を残している。作り手の視点から曲の構造を解釈し明晰に弾きこなす。演奏家というより作曲家のスタンスで、そのベースにあるのはバッハでありバロック時代の複音楽だ。〇声という複数の旋律を同時にクリアに捌ききるピアニズムはとても感嘆する。10本の指で、4声、5声を、全く別人がそれぞれ弾いているかのように奏するのだ。耳の良さと指の独立性が正に天才である。ショパンでも、ラヴェルでも、スクリャービンでも、プロコフィエフでも対位法の側面から解釈する故、どれもグールド流になるのだ。

そんな天才の録音は、人類の遺産だ。彼のバッハの『平均律クラヴィーア曲集第2巻1番ハ長調の前奏曲とフーガ』の録音は、なんと地球代表として宇宙人へのメッセージとして採用されている。1977年に打ち上げられた惑星探査船ボイジャー1号、2号に収載された『ゴールデンレコード』に収録されているのだ。地球の音として、自然音やモーツァルトやベートーヴェンなども採用されているのだが、なんとピアノはグールドだけ。本当に地球代表のピアニストなのだ。




バッハのキリスト教への信仰から創り出された作品群はよく宇宙と形容される。複声が生み出す大伽藍のような音群が聴いている人にそのような感興を催させるのだろう。音楽の宇宙をいつの日か、宇宙人が聴くかもしれない。バッハとグールドの音楽はかならず宇宙人の感情を揺さぶるはずだ。

 

by writer Mitsuhiro Ebihara