BALLON JOURNAL Vol.48

ショパンエチュードで溺れる

この原稿を書いている時点の東京は灼熱で、体温レベルの気温が続いている。どうやら連続猛暑日の新記録を樹立したらしい。湿気と暑さにほんと体力を奪われるのだが、海水浴にはぴったりなのだろうか。でも外に出るのが辛いし、紫外線は嫌いなので屋内で音楽の海に溺れよう。

ショパンの人類の遺産であるエチュード(練習曲)はOp10とOp25のそれぞれ12曲の群をなしている。大トリを飾るOp25-12は「大洋」という副題がつけられた手のポジション移動のためのエクササイズだ。一聴するだけで、大海原、荒れ狂う波、などを想起させるとても激情的で聴き映えする曲である。

ソコロフのマッチョぶりに驚愕




反対にエチュード集のハナを務めるOp10-1は、ショパンエチュード難易度ベスト5に入ること確実な、単純にして激ムズの名曲なのだが、聴くと何となく大洋に似ていると感じると思う。海外では通称Waterfall=滝と呼ばれる右手のアルペジオ(分散和音)のエクササイズだ。そして、人気音楽漫画・アニメ『ピアノの森』のテーマに採用され、『海へ』という曲に編曲されている。なんと奇しくもショパンエチュードは海に挟まれた曲集なのだ!!

 

若いアルゲリッチもマッチョ



因みにOp10-1はバッハの人類の遺産である平均律クラヴィーア曲集第1巻1番ハ長調のプレリュードを基にしている。有名な曲なので聴けば、あーーーあれね、という1曲だ。バッハを尊敬していたショパンらしいオマージュである。ショパンは後に平均律に倣った24のプレリュード集を作曲している。



最もマッチョなリヒテルのバッハは優しい



エチュードは練習曲なのだが、ツェルニー、ハノンなどの無味乾燥機械的な曲をイメージしてはいけない。ショパンがこのジャンルを芸術に昇華し、以降リスト、ドビュッシー、スクリャービン、ボルコムなどが12という数字にこだわり、練習曲集を発表してきた。私は右手しか動かさないショパンに比べ、彼らの複雑なエチュードの方が好きだ。そもそもそんなショパンが好きではない。

しかし一般的に日本人はショパン好きだろう。昨年のショパンコンクールバブルのおかげで入賞者のチケットは軒並み完売していることからもよくわかる。本当に読んで字のごとく茹だるような暑さの中、2つのピアノリサイタルを連日聴きに行った。ショパンコンクールとチャイコフスキーコンクールの入賞者の演奏会だ。前者は完売の満員御礼。チャイコフスキーコンクールの方は当日券が出ていた。まあ殆ど埋まっていたけれども。

ショパンは苦手だけれどこのエチュード2曲は磯の香りがしないのが良い。夏っぽくない海だから良いのかも。陽光煌く爽やかな海は暑苦しくて夏を更に暑くするから嫌だ。そして、芸術に潮の香りはどこか似合わないじゃん。


by writer Mitsuhiro Ebihara