BALLON JOURNAL VOL.4

BALLON JOURNAL VOL.4

五感のなかで唯一脳にダイレクトに伝わるといわれる嗅覚。鼻腔から入った芳香成分は電気信号に変わり、感情や記憶、睡眠をつかさどる脳の中枢へ到達。その速度は、わずか0.2秒以下と言われている。

ヨーロッパの教会に漂う重厚な香り、夏休みに訪れた高原の緑の匂い、……香りは一瞬にして記憶と結びつき、自在に時間を巻き戻して、かつて訪れたあの場所へと私たちを飛び立たせる。そう、それはまるで旅するように。

0.2秒で時空も空間も飛び越える都市移動の旅へ。

 

 

STORY 02. PARIS
〜秋風にのって、マロニエの葉が色づくPARISへ。〜

 

夏と秋が目まぐるしく入れ替わる9月。

いつもなら、そして本当は今年も月の半分をPARISで過ごす予定だった。

東京にいる理由は言わずもがな、コロナパンデミックの影響によるもの。今年は1月に渡仏したのを最後に海外出張は全てキャンセルとなった。

先週、アトリエのビルの管理人さんからビルの屋上の庭園で実ったとのことで、大量のイチジクをいただいた。袋の中をのぞくとイチジクの独特の青い甘くまろやかな強い香りがアトリエに広がる。香りの世界でいわゆる「FIG」の香り。

私がFIGの香りを嗅ぐとどうしても思い出すのはPARISの街並み。グレーとホワイトで統一された建物と石畳と街路樹の美しい街。思いのほか早めに訪れた今年の秋の涼しい風と共にPARISの雑踏のイメージがフラッシュバックする。

 

 

FIGの香りのするサントノレ通りを抜けて

PARISに滞在するときにいつも必ず立ち寄る場所と言えばサントノレ通り。

かつては劇作家モリエールの生誕の家があったり、「三銃士」の作者のアレクサンドル・デュマの事務所があったり、PARISの歴史の中心地そのものでもあり、世界の名だたるラグジュアリーブランドが軒を連ねるPARISを代表する通りである。

旅行なのか、出張なのか、世界中の様々な人種のオシャレな人々が行き交うこの通りを歩く度、FIGの香りに出会ったものだった。

私の定番コースは、サントノレ通りをゆっくり歩き、リヴォリ通りの車列をくぐり抜けてチュイルリー庭園へ。街角で売られている焼き栗を頬張りながら庭園の真ん中をルーブル美術館に向かってゆっくりそぞろ歩きながら、秋の訪れを庭園の木々から窺い知る。ああ、東京のみんなは今日も大丈夫だっただろうか、家族へのお土産は何にしよう、などとたわいもないことをぼんやり考えながら。

 

都会的な禁断の果実

そんなFIG、つまりイチジクについて少し調べてみた。

人類にとって最も古くから栽培されていたというイチジク。紀元前3000年頃には既に栽培されており、旧約聖書の“エデンの園”のアダムとイブのかの有名な「善悪の知恵の実」という禁断の果実である。(リンゴ説とイチジク説がある。)トルコでは「聖なる果実」であり、古代ローマでは「不老不死の果物」とされた魅惑的な果実、なのだそうだ。

世界の都市を問わず、個人的に好きなお店で採用されているフレグランスがFIGの香りであることがよくある。そのせいか、私にとってはFIGには神秘的な果実である以上に都会的なイメージが強い。

SACRED FRUITS(聖なる果実)」というタイトルのBALLONの香りもFIGをベースに、フルーティーでありつつ、都会的なイメージのする調香に仕上げていった。 青山のビルの屋上でも育つイチジクは私にとって都会のフルーツなのだ。

 

C’est la vie.

私がBALLONに関連してPARISに行き始めたのは2015年。仕事上、それまで出張というものがほぼなかった自分が、こんなに頻繁にPARISに行くことになるとは、人生は不思議なものだとつくづく思う。今となってはPARISに行けば楽しく食事をする友人達もいる、世界で最も縁のある街となった。

同時に、こんなに毎日せわしない日々になってしまうとは、有り難いという気持ちと裏腹に何の因果か、とも思う。もしかしたらどこかで、禁断の果実を食べてしまったせいかもしれない。

フランス人はよく自分の意のままにいかないことを「C’est la vie.(これが人生さ。)」というけれど、今年は私も本当にそんな言葉をよく口にした。

仕方ないね、という諦観の意味でも、思いもよらない幸運、ラッキーって時にも使うこの言葉が大好きだ。フランスのラテンなノリと同時に仏教にも通ずるような哲学的な響きもあり、実にフランスらしいと感じる。

 

時間は前にしか進めない。
元通りに巻き戻すことはできないことは知っているけれど、早く元に戻りたいとつい思ってしまう。

 

またあの通りで、またあのFIGの香りに出会えたら。

また、いつか。

 

Creative director Izumi Suzuki

 

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