BALLON JOURNAL Vol.35

奇妙なグルダの森の物語

フリードリヒ・グルダ(1930-2000)は奇妙なピアニストだった。ウィーン生まれで、パウル・バドゥラ・スコダ、イェルク・デームスと共にウィーン三羽烏と呼ばれたグルダは、その地の印象の如く、モーツァルトやベートーヴェンらオーストリア・ドイツ音楽“も”得意としていた。ベートーヴェンのソナタ全集は3度録音、モーツァルトのピアノ協奏曲は弾き振りもし十八番中の十八番だった。

ピアニストとしての始まりはジュネーブコンクールで優勝したことから。当時16歳で覇者となってしまった。グルダに師事していたマルタ・アルゲリッチはこんなに才能のある人を見たことがない、と評している。

そんな生粋のウィーナーな彼は、成熟したらモーツァルト・ベートーヴェンの大家となることを想像するが、なんと70年代にジャズの世界に入る。現代でこそ、ジャンルを跨ぐピアニストは数名いるが、当時は大変異端だ。ジャズピアニストのチック・コリアと共演もしている。グルダのコンサートは、クラシックと即興、自作でプログラムで組まれるようになった。





自作の『アリア』や『前奏曲とフーガ』『プレイ・ピアノ・プレイ』はジャズ、ポップスの要素が取り入れられ聴きやすくしかもカッコいい。ドアーズの代表曲『ハートに火をつけて』を主題にした変奏曲なんかもある。クロスオーバーする現代ピアニストの活躍やジャズベースの超絶技巧が弾きごたえあるカプースチンの人気から、グルダも作曲家として光があたり自作曲が弾かれるようになるだろう。

そんなグルダの白鳥の歌とも言える自作曲『ゴロウィンの森の物語』はそれこそ奇妙だ。タイトルからしてヨハン・シュトラウス2世のウィーンの森の物語がモチーフなのは明瞭。シュトラウス2世のワルツやシューベルトの未完成交響曲、ベートーヴェンの運命の旋律が挟まれる。最後はグルダ本人の鼻歌も登場!ドイツ・オーストリア系音楽家の自由なパーティーのようだ。



この曲は死の前年に録音が発売された。グルダは最も敬愛していたモーツァルトの誕生日に死にたいと言っていたが、その言の通り2000年1月27日に鬼籍に入った。最後まで奇妙なピアニストだった。

ウィーンの食卓では、グラスワインを炭酸水で割ったクシュプリツターがメジャーな飲み方という。その奇妙な飲み方とグルダの音楽はどこか合う。


by writer Mitsuhiro Ebihara