BALLON JOURNAL Vol.33

BALLON JOURNAL Vol.33

しんみり冷えるシベリウスの森の中へ


年ももう晩秋、もうすぐ2021年が終了する。空気は乾燥し、ひんやり、しんみり……と寒さを日々感じる。こう冷たい季節にはシベリウスの音楽が合う。ヤン・シベリウス(1865~1957)は、北欧フィンランドを代表する作曲家。同国がロシア帝国から独立を目指す中、愛国心にあふれる曲を書いたシベリウスは国民的作曲家であり英雄だった。


時代的には、ドビュッシーやスクリャービン、シェーンベルクらにより調性が曖昧になっていく印象派、近現代音楽隆盛の頃だが、シベリウスはマーラーやラフマニノフのように、ロマン派の美しい旋律と濃厚なハーモニーを維持し続け、聴きやすい。その美しい叙情性の中にフィンランド特有の民族主義がプラスされ、評価されている。

特に、フィンランドの叙事詩である「カレワラ」を題材として交響曲や器楽曲を書き、そのナショナリズムからフィンランド国民の人気を博した。どの曲も北欧の作曲家という先入観からか針葉樹茂る森や、雪山、鏡のような湖など、クリアな冬をイメージしてしまう。そして実際聴くと透き通った氷の世界の中にいるように、分かりやすく美しいのだ。同じく極寒であるロシアの音楽とはまた違うのが民族の差異なのだろう。そういった視点から音楽を聴くのも面白い。


さて、そんなシベリウス作品の中でも交響詩『タピオラ』が特におすすめだ。「カレワラ」に登場する森の神タピオを描く音楽叙事詩で、森のざわめきやら木々の香り、葉のゆらめき、神が棲む神秘的な雰囲気を感じさせる荘厳な曲だ。『タピオラ』は、シベリウスにとって最後の傑作で、以後約30年存命だったが、ほとんど作品を発表しなかった沈黙の晩年となる。

演奏は、帝王カラヤン指揮ベルリンフィルが遅くて濃厚で劇的で神々しい!


シベリウスはフィンランドの自然を愛したという。妻アイノと暮らした家、通称アイノラはヘルシンキ郊外、トゥースラ湖のほとりにあり、同湖の眺望が美しい。サウナがあるのがフィンランドということを実感させる。サウナでも音楽でもととのうかもしれない(笑)。こういった環境で生活したからこそ生み出される作品なのだろう。

 

因みにシベリウスはヴァイオリニスト志望だったのだが、ピアノ曲も結構良い。こちらも同じく自然と寒さを感じさせる。カナダの天才ピアニスト、グレン・グールドも意外なことにレパートリーとしていた。グールドはノルウェーの作曲家グリーグの遠い親戚という説があり、北方への憧憬を持っていた。後年彼はコンサート活動を停止し録音のみに自身の芸術を封じ込めるが、ラジオドキュメンタリーを製作し、「北の理念」という番組も作っている。そんなグールドはシベリウスの『キュリッキ』を録音している。これも「カレワラ」が題材だ。




ベリウスを聴くと、何となく自然を息吹を感じ、針葉樹の香りがしてくる。落ち着いてすがすがしい森の香りは、これから始まる冬の冷たい時間を豊かにしてくれること間違いなしだ。

 

by writer Mitsuhiro Ebihara 

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