BALLON JOURNAL Vol.25

BALLON JOURNAL Vol.25


沢木耕太郎のニュー・ジャーナリズムで乗り切る盛夏

軽井沢や群馬へ行く際に乗る、JR東日本の新幹線が好きだ。というのも座席背もたれに置いてある機内誌『トランヴェール』を読むことが楽しみでならない。新幹線が通過する地域をテーマに編まれた特集も面白いのだが、作家・沢木耕太郎氏の連載「旅のつばくろ」を読むことが何よりの喜びなのだ。1時間以上にわたる車内で数回読み直し、素晴らしい車中の娯楽となる。

沢木氏の文は、特に夏読みたくなる。発表から30年経つ今でもバックパッカーのバイブルと呼ばれる『深夜特急』や『一号線を北上せよ』などの紀行文、近年のマカオを舞台とした小説『波の音が消えるまで』などからアジアの印象が強いからだろうか、夏が合う。そしてシンプルでどこか諦観が漂うハードボイルドな文章が、この湿気に満ちたけだるい季節に清涼剤となるんじゃないだろうか。

特に『波の音が消えるまで』は鮮烈だ。元売れっ子カメラマンのサーファーがマカオに立ち寄ることとなり、バカラにハマるという話なのだが、絢爛豪華で猥雑なマカオのカジノの光景がクリアに浮かんでくる。バカラに溺れ、バカラで生活費を稼ぎ、バカラの神髄を極めようとする主人公。倍々ゲームで簡単に種銭が増えるが、負ける時も凄く簡単に破綻する。薄い刃の上を歩くかのような博打に生きる者の勝ち負けの刹那を書く描写は鋭利な刃物のようでありページを繰る手が止まらない。文章は、氏のノンフィクションを読んでいるかのように濃厚だがどこか冷めている。因みにこれを読むとバカラの奥深さが分かり、実践したくなる(笑)。博打は確率のため数学的に戦略を立てられるのが単なる運試しではないのだ。

氏の日常を綴るエッセイも面白い。『ポーカー・フェース』所収のマリーとメアリーはカクテルのブラッディ・マリーの語源をテーマとしたもので、くだらなさも博学さもあいまって随想は広がり、意外な場所へと読み手の意識が運ばれる。そもそも英語でマリーはメアリーと発音されるということ自体あまり考えないと思う(笑)。

氏は横浜国立大学卒業後銀行へ入行したが、入社日に退職したアウトロー。エッセイでも常に列の外、集団に溶け込めない、フリーランスと自身を評している。その後、大学の教授の伝手でライターとなりルポルタージュを雑誌に寄稿して作家となった。そのライター経験のためか、文章はわかりやすく読みやすい。しかし視点は鮮烈で、客観でなく主観的なニュー・ジャーナリズムの影響を感じられる。爽やかなのだが元気ではなく、ちょっとひねくれた感じの文章が独特で真似できない。旅の他に、ボクサーや登山などスポーツプレイヤーを追った作品も多いので、氏が今夏の東京五輪を取材したらどう書くのか興味が沸く。

夏休み、帰省にレジャーに遠出したいところだが、依然新型コロナウイルスが猛威を振るっており、外出が憚れる人が多いだろう。そんな中、彼の紀行文は旅行の楽しみ、興奮を思い起こさせてくれる。『深夜特急』で、当時天然痘が流行していたインドを訪れた経験がある沢木氏は同書で罹患するのも縁と割り切っていた。この現代、コロナに罹るのも縁、とインタビューで語り、認める文章のように諦観が漂う、氏のスタンスは全くブレていなかった。ぜひ彼の紀行文を左手に、右手はハーブティーで充実したステイホームをしてみてはいかがだろうか。清涼感溢れるペパーミント、リラックスするカモミールは夏の憂さを晴らし、気分を異国へと連れて行ってくれる。沢木耕太郎とアジアからシルクロードへ向かってみよう。

 

by writer Mitsuhiro Ebihara 

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