BALLON JOURNAL Vol.22

BALLON JOURNAL Vol.22

大江健三郎を武満徹が詠んだ陰湿な傑作『レイン・ツリー』


日本人のクラシック音楽作曲家と言うと誰を思い浮かべるだろうか?学校の音楽の授業に出てくる滝廉太郎や山田耕筰に始まり、團伊玖磨、芥川也寸志、黛敏郎、松平頼則、吉松隆、一柳慧、諸井誠などなど結構いる。近年ではまだ40代の藤倉大が国際的に活躍している

西洋文化の舞台で部外者である日本人が認められることはファッションの世界同様に難しい。特にハイカルチャーになればなるほど難しい。日本人なぞ門外漢も良いところなのだが、初めて世界レベルで認められた作曲家がいる。それは武満徹だ。東京オペラシティのホールにタケミツ・メモリアルと彼の名が冠された演奏会場があるので、曲を聴いたことがなくともその名を知っている人はいるかもしれない。また、武満徹作曲賞も催されており、その偉大さを感じさせる。

武満はストラヴィンスキーに評価された『弦楽のためのレクイエム』やオーケストラに和楽器を取り入れた『ノヴェンバー・ステップス』で日本より海外で評価された。彼の楽譜の多くがドイツの出版社ショット、フランスのサラベールから刊行されていることを鑑みてもよく分かるだろう。作品以外にも映画やドラマなど商業音楽も手掛けており多作。晩年は調性音楽で聞きやすいが前~中期は実験的で難解だ。

ピアノ曲も数曲出版されており、技巧的には難しくないが、作曲者自身がピアニストでなく、かつ無調音楽のため弾きにくい。静かでスローでドビュッシーのような色彩感もあり聴くと心地良くはある。中でもシリーズで書かれた『雨の樹 素描』が最も有名だろう。

この曲は、ふんだんに葉を湛えた大きな木が、雨が上がった後もその葉叢から雨滴が落ちる様子を描写している。武満は大江健三郎の代表作の小説『「雨の木(レイン・ツリー)」を聴く女たち』の1話目、頭のいい「雨の木」にインスパイアされ、打楽器曲『雨の樹』を作曲した。この小説は大江の体験を基にした内容で、雨の木を暗喩として執筆当時の社会の悲嘆を描いたもの。武満は作曲家Tとして作中にも出てくる。主人公(大江)が作中同曲初演の際のコンサートで、若い日本人指揮者に非難されるというやりとりが出て来てちょっと笑える。形容からしておそらくこの指揮者は井上道義だろう。因みに井上は雨男で有名だ(笑)。

この管弦楽曲の関連曲として、ピアノ曲『雨の樹 素描』が2曲作曲された。2曲目は20世紀音楽で最も重要な作曲家オリヴィエ・メシアンに捧げられている。2曲とも静謐な重音の動きと怪しげな音響の中でバラバラ、バラバラと、しとしと、しとしとと、雨滴を零す木の姿が想像される。充分に取られた休符による余韻、不安な響き。大江の『「雨の木」を聴く女たち』は暗く、悲しげで不気味な抑揚をなす。この小説からインスパイアというのは頷けるだろう。


『雨の樹 素描Ⅰ』




『雨の樹 素描Ⅱ オリヴィエ・メシアンの追憶に』




こういった独特の陰湿な音世界は日本人特有の美意識ではないだろうか。梅雨があり夏が多湿な日本であるからこそ、美しい色彩感ながらも陰影があり暗さを持つ。ドビュッシー、アルベニスなどフランス、スペインのカラッとしたラテンの色彩とは違う美がある。

武満は1930年生誕、1996年逝去で昨年生誕90周年、今年没後25周年と周年が続く。それゆえコンサートプログラムによく登場するので今年は耳にする機会があるはずだ。日本の6月の雨季、武満徹を聴きつつ大江健三郎を読んでみてはいかがか。ジメジメした少し異世界へ連れて行ってくれる。


by writer Mitsuhiro Ebihara 

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