31年にわたる究極かつ至高の父子喧嘩とは?
長い確執の果て仲直りした父子の記事が以前ヤフートピックスに取り上げられた。その父と子とは海原雄山と山岡士郎。漫画『美味しんぼ』のキャラクターだ!2014年、31年続いた2人の喧嘩に終止符が打たれたのだ。親子喧嘩の和解がヤフーのトップを飾ったなんてこの2人しか覚えがない。
『美味しんぼ』は漫画週刊誌・ビッグコミックスピリッツで1983年から連載がスタートし、バブル景気に沸いた日本の背景と共にグルメブームを牽引した。新聞記者である山岡が、究極のメニュー製作プロジェクトに携わり、本当に美味しいものを追究するのが大筋なのだが、豪奢な料理に対して地味な料理でカウンターするストーリーは小気味良く面白い。テレビアニメも放映され、かなり人気を博した。近年では内容が社会的になり休載が多くなり、現時点で単行本111巻が刊行され、2014年から休筆中。代わりに料理をテーマに編集されたダイジェスト集などが出版されている。食を通して日本文化を巡る父子の壮大なるサーガは多分に作者の視点が入りながらも勉強になり、知的好奇心と食欲を掻き立てるものだ。
さてストーリーは途中から父である大芸術家にして料亭・美食倶楽部を経営する海原雄山との料理対決、究極のメニューVS至高のメニューがメインとなり、2人の関係にフォーカスしていく。山岡が負ける方が多いのだが、たまに勝つ。大抵雄山が手加減しているわけなのだが(笑)。
雄山のモデルは芸術家で本当に美食倶楽部という会員制食堂を主宰し、料亭・星岡茶寮を運営した、北大路魯山人。魯山人は大変傲岸不遜なワガママ男だったらしい。その暴虐ぶりは初期の雄山を見れば分かる。しかし物語が進むにつれ、段々と人格者な偉大な父となっていく雄山の人物描写が面白い(笑)。山岡が駄々をこねている子供のように見え、可哀想になってくる(笑)。父を乗り越える息子という永遠のテーマが食を舞台に繰り広げられていく。
色々面白い話があるのだが、特に印象深い話が、魔が差してタバコを吸った才能ある料理人が美食倶楽部を破門になる話だ。喫煙すると味覚と嗅覚が鈍くなり料理人やソムリエ、調香師などには致命的である、と。山岡はこの料理人を助けるために雄山を唸らせる料理を伝授し、無事復帰させる。無味無臭の食材に複雑に調合したソースが決め手となる料理で、雄山に挑戦するのだ。
父の日、山岡のように尊父の味覚・嗅覚にカジュアルに挑戦してみてはどうか?フレグランスや酒、コーヒーなどいかがだろう。香りのアイテムをいくつか購入し、香りの要素を当てるのも面白い。コーヒーならぜひ水出しで。長時間ゆっくりゆっくり水で抽出したコーヒーは雑味が全くなくホットのブラックと別世界の飲料となる。これも劇中で山岡が雄山に挑戦し、和解のきっかけとなるメニューの一つだ。豆の原産地を当てるのも良い。
日頃の感謝を込めた晩餐は自宅で魯山人風すきやきを作るか、もしくはザ・キャピトルホテル 東急の中華料理店「星ヶ岡」で食べよう。前者は山岡が更に改良し、雄山が感心したシャブスキー(しゃぶしゃぶ+すき焼き)があるから気になる人は『美味しんぼ』をチェック。後者はなんとあの星岡茶寮の名残なのだ。星岡茶寮は第二次世界大戦の空襲で消失した後、東急グループが一帯の土地を取得。現在はザ・キャピトルホテル 東急が建ち、館内に中華料理店として名が残っている。山岡のように、蘊蓄を語って父親と良い時を過ごそう。
by writer Mitsuhiro Ebihara