BALLON JOURNAL Vol.20

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リストの超絶技巧で失神!?森林浴

人類史上最もピアノが上手い人は?と問われたらそれは間違いなくフランツ・リスト(1811-1886)だろう。同時代に活躍した1個上のピアノの詩人ショパンの旋律が耳に残りやすいのに対して、リストでこの曲!というのは少ないかもしれないが、ピアノ音楽史に残した功績は確実に1位だ!彼は多くの弟子を抱え、そのピアニズムは連綿と現代にまで受け継がれている。つまり現代ピアニズムのパイオニアで、本当にピアノの王様だ。ちなみにリストの師匠は多くの練習曲で有名なツェルニー。そしてツェルニーはベートーヴェンの弟子だ。

ピアノの魔術師と形容されるリストはとにかく難しく技巧的な曲が多い。特に難しさが際立っているのが若くピアニストとして大活躍の頃で、現代でも技術的問題から演奏されない曲が多い。それほど難しい。また、オペラをピアノ用コンサートピースに編曲。もちろんこれも激ムズだ。ライブは、人前に出る演奏家として己の技巧を披露する場だったのだろう。おそらく即興で多くの音を追加し、更に難しくなっていたに違いない。ちなみにリストは大天才な故、楽譜も鍵盤も見ず余裕綽々で弾いていたため、クララ・シューマンが真似。ここからピアノ発表会の悩みの種、暗譜が始まったという説がある。

そんなリストは肖像画を見ると分かるが、若い頃めちゃくちゃイケメン。しかも性格も良いためモテにモテまくり、彼の演奏会ではその超絶技巧演奏に興奮し過ぎたのか、多くの女性客が失神したという。現代だとあまりわからないエピソードだが、まあアイドルのライブで発狂忘我しているファンのようなノリなのではないだろうか。そしてもちろん多くの女性と浮名を流した。バンドマンのモテ感に近い。そしてそんなモテ男振りを表すように曲はマッチョで雄々しく演奏会でとても映える。今だったらYoutuberで人気になっていただろう。が、後半生はどうしたのか僧職になるのである。まあ瀬戸内寂聴みたいなものか(笑)。

無論、書かれる曲も宗教的な題材が多くなり、深みを増してくる。そして落ち着いてくるのだ。晩年1877年に作曲された『巡礼の年 第3年』は挫折を経験し、精神的に参っていた時期に書かれたもので心に染み入る。特に有名な第4曲の『エステ荘の噴水』は冒頭から流れるアルペジオがホント水のようにしなやかで聴いていて気持ち良い。キラキラとしたパッセージに落ち着いた旋律はじんわり温かみがあり、癒やし効果抜群だ。

エステ荘は現存しており、イタリア・ティヴォリにある貴族・エステ家の別邸だったもの。現在世界遺産に登録され観光名所でもある。ティヴォリはローマから近く、豊かな森に囲まれたかつての貴族の保養地だ。エステ荘も広大な庭園に鬱蒼とした木々が立ち込めている。壮麗な建物と森林と噴水というとても優雅な場所・曲なのだ。日本ではちょっとマイナーで隠れ家あるのも良いじゃないか。目を瞑って瑞々しく流れるピアノの音に耳を傾けたい。森林の香りを焚けば、五感は保養地へ舞い、白神山地や軽井沢が脳内に立ち上がるだろう。

演奏はゆったりとしたアラウが最高だ。



まあエステ荘の噴水は晩年には珍しく技術的にかなり高難度なので弾いている側は全くリラックスする余裕はない(笑)。

この曲は、ドビュッシー『水の反映』やラヴェル『水の戯れ』に影響を与えたと言われ、印象派の先鞭をつけたと目される。リストは最晩年、調性を超えた無調の領域に入り、現代音楽の扉を開いた大変な革新者でもあった。リストというと『愛の夢第3番』『ラ・カンパネラ』、もしくは超難しくて軽薄というイメージがあるかもしれないが、反対にとても内省的でしみじみ聴きたい曲も多く深い。『巡礼の年第1年 スイス』の第4曲『泉のほとりで』も爽やかに静かにリラックスしたいときに打って付けだ。煌びやかなパッセージがスイス山中の湖畔を思い起こさせるように美しい。

こういった曲を書けるのは遊びつくして人間関係の酸いも甘いも嚙み分けてきた所以だろうか。そしてちゃんと聴かせ(見せ?)どころが入っているのがリストのモテ感だ(笑)。ぜひ新緑のこの季節、アウトドアに行くのに憚られる今だからこそリストから自然の空気を感じてみよう。

by writer Mitsuhiro Ebihara 
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