全ての母から産まれた者が見るべき映画
『オール・アバウト・マイ・マザー』
母を考えると、ペドロ・アルモドバル監督の『オール・アバウト・マイ・マザー』を思い出す。
『トーク・トゥ・ハー』『ボルベール〈帰郷〉』と共にアルモドバルの女性賛歌3部作とされるこの映画、直訳すると"母について全てのこと"と、どストレートなタイトルなのだが内容は全くストレートではない(笑)。大変な名作で、1999年アカデミー賞外国語映画賞の他カンヌやゴールデングローブ、スペイン・ゴヤなどさまざまな映画賞を受賞。スペインの宝石と称されるペネロペ・クルスをこの映画で知った人も多いかもしれない。
内容はなかなか残酷で、今を先駆けるようにダイバーシティ、そして楽しい。シングルマザーの主人公マヌエラは、息子に父親の秘密を明かそうと決意した矢先に交通事故で愛息を亡くしてしまう。失意の中、息子の死を元夫に告げるためバルセロナへ。そこで元夫との子を妊娠しているクルス演じるシスター、ロサと出会う。実は元夫はバイセクシャルで、現在は身体を女性に整形、そしてエイズ患者でロサも感染している。
HIVキャリアとして産まれてくるロサの子。厳格な母親と折りが合わないままエイズにより逝くロサ。ロサの子を引き受け、母代わりとなるマヌエラと様々な母子関係が登場する。そして彼らを巡るニューハーフの娼婦やレズビアンの女優たち。
母であり、母となり、女性となる様々な女たちからは、とかく女として生きる強さを感じさせる。大変な状況であっても笑い飛ばす。酸いも甘いも嚙み分けて生きていく女たち。それは美術セットの色調同様にヴィヴィッドだ。アルモドバルを代表する鮮烈で官能的な赤の世界。スペインの強い太陽、乾いた大地の空気に身を委ねていると、感性がこうなるのだろうか。スペインは音楽も美術もファッションも濃厚でセンシュアルなのは間違いない。
ちなみにアルモドバル映画はジャンポール・ゴルチエが衣装をよく担当するのでファッション好きも必見だ。『キカ』『バッド・エデュケーション』『私が、生きる肌』を観てみよう。どれもゲイやトランスジェンダーなど性をテーマにしているので今こそ観る価値があるだろう。
さて、『オール・アバウト・マイ・マザー』の女たちが織りなす群像劇は、ハリウッド映画のようなインパクトも分かりやすさもないのだが展開の巧みさ、女性らしいふんだんな会話が生む心地よいリズムによりあっという間に101分が終わる。初見はテレビの深夜帯だったが、全く眠くならずいつの間にかエンドロールが流れ、視聴完了していた。豊かな時間でむしろ時を短縮してくれる。
外出が憚られる今年の連休中に観て、母について考えてみるのはいかがだろうか。巻舌と擦れ音が一体となったスペイン語は大人の女から発せられるとなぜか哀愁を帯びて聴こえる。吹き替えではなく字幕がおすすめだ。観終わったら真っ赤な花の香りを母へ贈ろう。
by writer Mitsuhiro Ebihara