BALLON JOURNAL Vol.16

BALLON JOURNAL Vol.16

サンサーンスのエジプトの風で嗅覚の旅へ

 

2021年はフランスの作曲家カミーユ・サンサーンス(1835-1921)の没後100周年に当たる。サンサーンスというと、小学校の音楽の授業で『動物たちの謝肉祭』第13曲白鳥の優美な旋律を聴いたことを思い出す人がいるだろう。

じゃあ他の曲は?と聞かれるとあまり挙がらないかもしれないが、フランスらしく明晰で、軽やかで、ウィットに富んだサンサーンスの音楽はもっと評価されて良い。フレンチ・バロックを愛した彼の作風は古典らしさもあり、典雅なのだ。86年にわたる生涯では、音楽史におけるロマン派~近現代を生き、古典的であった彼の音楽は一周回ってモダンと見なされたりもしたようだ(笑)。

音楽家は基本神童だが、サンサーンスも並外れた神童で多才だった。神童というとモーツァルトが引き合いに出されるが、彼はモーツァルトの再来と評され、音楽家、音楽批評家、詩人、天文学者、哲学者、と八面六臂の活躍を見せた、そんな博学なサンサーンスだから、好奇心は尽きないのだろう、長い生涯の中で彼は幾度となく旅行をした。当時は飛行機などないから鉄道と船で世界中を演奏旅行した。

ヨーロッパ、北アフリカ、南北アメリカと数十か国を訪れ、その印象を音楽化している。特にアフリカを愛したサンサーンスは、標題にも用いている。ピアノ協奏曲5番「エジプト風」はその名の通りエジプト滞在中に書かれた曲。エキゾチックだがフランスらしい洒脱な雰囲気に満ちたエジプトの風が吹く。

エジプトの旋律が現れる第2楽章は映画『インディ・ジョーンズ』のような異国での冒険活劇を想起させる。第3楽章は華々しさこの上ない。「航海の楽しみ」とサンサーンスが述べるこの終楽章は、そのスカッとした明るくテンションの高い旋律に、青空の下で波しぶきを立てて船が進んでいく様子が目に浮かぶ。正に長い旅への期待が香るのだ。送別シーズンであるこの3月にぜひ聴いて、胸高らかに送り、送られたい。

フランスの俊英リュカ・ドゥバルグの演奏は繊細で素晴らしい。


 

サンサーンスは、その才能からか辛辣な性格だったらしい。大ピアニストとして後世に名を残す、学生時のアルフレッド・コルトーを酷評したが、それは大作曲家でありコンサートピアニストでもあったサンサーンスの高いレベルでの矜持だろう。彼はピアニストとして世界中を巡っていたのだから。


コンチェルトの初演はもちろん自身がソリスト。どの協奏曲も難しいが、5番「エジプト風」はその至難さ故からか、録音されたのが大分後年になってからだ。第3楽章はその技巧性のため、後に練習曲Op111-6トッカータとして独奏曲に編曲され、コンサートピースとして聴き映えする1曲となった。1人でエジプト風を楽しめるようになったが、難しさには変わりない。


コンチェルトが長いという人は、トッカータを聴こう。





エキゾチックな空気に溢れる5番「エジプト風」。同国特産物のジャスミンのように匂い立つ魅力に溢れている。エジプトは古代エジプト時代からマツリカの栽培地。清々しいけどちょっと官能的なこの香り。サンサーンスと共に燻らせば、旅の楽しみを思い出す。コロナ禍で旅行が難しい今こそ耳と鼻で異国へと旅立ってみてはいかがだろうか。


by writer Mitsuhiro Ebihara 


今回ご紹介した香り
MATSURICA
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