BALLON JOURNAL VOL.14

BALLON JOURNAL VOL.14

 

恋愛に没入できる映画第一位は絶対『花様年華』!

もうすぐバレンタインデー。世の中が愛に溢れるこの季節、更に愛の時間に蕩けよう。香港の映画監督、ウォン・カーウァイによる映画『花様年華』は美しく、厳格に恋愛の情感を映し出す。英語のタイトルは『In the mood for love』=恋愛のムード、と色恋を映像物語で表現した傑作だ。ちなみに原題は「満開の花のように成熟した女性が一番輝いている」という意味の中国語らしい。

日本語版予告編。

 

 

舞台は60年代の香港、部屋が隣同士の男女が近付いていく模様を描く。主人公カップルは、トニー・レオンとマギー・チャンと品に満ちた大人2人。お互い家を空けがちな配偶者を持つ2人は、やがてお互いのパートナー同士が浮気していることを知る。レオンとチャンは食事をし、タクシーに同乗し、共に長い時間を過ごすが触れるようで触れない。性的なシーンは描かれないが、その所作が十分エロティックなのだ。空気は張り詰め、濃密。これが恋愛のムードなのだろう。

カーウァイの映画は美術と音で見る映画と思う。ハリウッド大作のようなわかりやすい起承転結はなく、素晴らしい脚本でもない。そんなストーリー性に富むわけでもないのだが、色と音楽が補って余りある演出となっている。

BGMには、映像美のみに異常にフォーカスする映画監督、鈴木清順の作品『夢二』のテーマ曲がメインで用いられる。ヴァイオリンのピチカートと哀愁溢れる旋律が2人の一線を超えない一触即発な関係を淡々と追っていく。ナット・キング・コールの『キサス・キサス・キサス』などラテンな旋律は恋愛という情熱と高揚感を音で表現する。

出てくる度に替わるチャンのチャイナドレス姿は必見。キビキビと、身体の線が出るタイトなフィット、締め付けるような高く細いマンダリンカラーは、足を踏み外してしまいそうな禁断の行いを自ら抑制しているかのようだ。

また赤いカーテンがたなびく回廊を真紅のトレンチコートで闊歩するチャンのシーンは幻想的であることこの上ない。愛や血を連想させる赤という色は映像に用いられるとなんと美しいのだろう。実際に目の前に赤を見るよりも、映像の中の赤の方が美しい。鈴木清順の『夢二』『ツィゴイネルワイゼン』『陽炎座』の通称浪漫三部作は美術映画として素晴らしく、赤が象徴的に用いられる。そして訳の分からないストーリー。この清順の作法にカーウァイが影響を受けていることは明白だろう。

清順もさることながら、スペインのペドロ・アルモドバルも赤い映像美が素晴らしい。非日常の時間を味わわせてくれる。『オール・アバウト・マイ・マザー』なんて2時間半があっという間に終わる。北野武の『ドールズ』も赤が美しい。キタノブルーと評されるが、この映画に関してはキタノレッドだ。ヨウジヤマモト率いるデザイナー山本耀司が手掛けた衣装が素晴らしく、ファッションムービーのようだ。近松門左衛門の人形浄瑠璃を下地とした『ドールズ』も暴力的な恋愛映画なのでぜひ見てみて。

『花様年華』は濃厚に“恋愛”がむせ返るほどに香る。香港の雑踏、湿度、中華料理、2人の体液、それらが渾然となった香りはどんな匂いだろう。きっと強くて鼻当たりは悪いけど、一度味わったら離れられない煽情的な香りに違いない。それが禁断の色恋の香りだ。

『花様年華』は最後謎を残して終わる。それをどう解釈するかでこの映画は駄作にも傑作にもなる。さてどっちか?チョコレートをつまみながら自分の目で確かめてほしい。


by writer Mitsuhiro Ebihara 

 

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