BALLON JOURNAL Vol.29

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秋を告げるキンモクセイは傾国の香り?


お酒は好きだろうか。新型コロナウイルス蔓延による長い緊急事態宣言で、飲む機会が減った人、逆に家で飲酒するため量が増えた人など様々な人がいるだろう。私はあまり嗜まないのだが、好きなお酒を尋ねられると必ず答えるのがシャンパンと桂花陳酒だ。

シャンパンはわかりやすくスノッブの象徴で、正直当初は美味しいと感じたことはなかったが、なれると苦みと甘みと香りと炭酸のしゅわしゅわがたまらなく癖になった。桂花陳酒も同様。通常ストレートで飲むことはなく割るのだが、炭酸水で割るとシャンパンと同じく苦みと甘みと香りと泡のしゅわしゅわが美味。こちらの方がより芳しく甘いので飲みやすく好みだ。コーラが最も好きな飲料なので、私は甘くてしゅわしゅわが好きなんだろう。

桂花陳酒はそこまでメジャーではないと感じる。この原稿を書くために酒屋チェーンやコンビニに行ったのだが売っておらず手に入れられなかった。このお酒は中国発祥で、楊貴妃が愛したという。楊貴妃は中国・唐の時代の皇帝・玄宗に寵愛された絶世の美女。世界三大美女に小野小町、クレオパトラと共に列せられている。美の基準というものは時代によりかなり違うので現代に通用するのか不明だが、楊貴妃はふくよかな体躯で歌舞楽曲が得意で体からは芳香を放ったという。

その艶やかな美女にやられたのが当時の唐皇帝・玄宗(げんそう)だ。もともと自分の息子・寿王(じゅおう)の妃だった楊玉環(後の楊貴妃)を奪ってしまった。そこから物語が始まるのが、昭和の大文豪・井上靖が著した小説『楊貴妃伝』。白居易が詠んだ漢詩『長恨歌(ちょうごんか)』を下地にしたこの中国宮廷絵巻は、冒頭からこのエピソードなので確かに唐は滅びるなこりゃ、と思うのだがなんと玄宗は前半生に善政を敷き、唐社会はめちゃくちゃ平和で安定。税も安く、最盛期を誇っていたのだ!その唐の絢爛雅な宮中生活と、権謀術数蠢く朝廷の熾烈な戦いが描かれていく。

楊貴妃というと、美しすぎるために傾国の美女の代名詞として語られるが小説を読むと彼女自身のせいではなく、その親類たちだったと見受けられる。自分の地位を盤石にするため、続々と一族が登用され、朝廷での政治力を増す楊家。その後押しをする玄宗の右腕である宦官・高力士。王政の典型的な権力争いにより楊貴妃はのし上がる。しかし不憫だったのが、身内に才物がいなかったことだ。宰相に上り詰める従兄・楊国忠は当初傑物と見られたが、傾国のきっかけとなる安史の乱を引き起こしてしまう。結果、玄宗らは首都・長安を脱出することとなり、道中楊家一門は殺害されてしまうのだ。玄宗以後、唐は盛時の勢いを取り戻せず、やがて滅ぶゆえに楊貴妃は傾国の象徴となっている。

さて、彼女が愛した桂花陳酒は、キンモクセイの花を漬け込んだお酒。桂花とはキンモクセイのことだ。この強い芳香を嗅ぐとうっとりと秋を感じる。開花する期間は1週間ほどと短く、楊貴妃の栄華を誇った短い人生を思い起こさせる。ちなみに今年は台風のためにキンモクセイは散ってしまったようで、風物詩を嗅げそうにない。少しひんやりしてきた夜、代わりに桂花陳酒を飲んで秋を愛でてみないか?寒いけど、もちろんソーダ割で。

by writer Mitsuhiro Ebihara 

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