BALLON JOURNAL Vol.26

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ゾッとする真夏の『鳥』とアレキサンダー・マックイーン


夏の風物詩と言えば、涼を感じるホラー、スリラー、サスペンスものだ。昔は夏になるとこの種の映画やテレビ番組が放映されたもんだが、最近はそうでもない。ともすると心臓に悪い内容は、ストーリーよりも怖いクレームの嵐になるやもしれず敬遠されているのかもしれない。さて、人はヒヤッとする怖気立つ恐怖に涼を求める。こんな別の感興から別の感覚を見出す遊びは恐らく人間にしかないだろうから、とても高等な娯楽ではないだろうか。


私はというと、子供のころオカルト好きだったせいか大人になってから幽霊、モンスター、超常現象などに恐怖を感じなくなってしまった。ホラー映画界には、燦然と輝くゾンビ、ヴァンパイア、ゴーストなどのクリーチャーや、『オーメン』『エクソシスト』『エルム街の悪夢』などの名作が存在しているが、そういったファンタジーの世界は血が飛び散り過ぎるだけでそんな怖くない。気持ち悪いだけ。それよりも普段恐怖を感じない身近なものが敵になった方が怖い。


それがアルフレッド・ヒッチコック監督の『鳥』だ。ヒッチコックは天才だ。『サイコ』も『めまい』も単なるホラー、サスペンスでなく、その練られた脚本、アイコニックな演出が現代の作品で度々オマージュを捧げられている。『鳥』はというと、単純に鳥が人間を襲うだけなのだが、イナゴの大群のように膨らんだ鳥たちが襲ってくるその様は尋常でなく恐ろしい。ジャングルジムに1羽しか停まっていなかったのが、カメラを向けられる度に数羽増え、いきなり数十羽がたむろしているシーンなどヒィィッと叫んでしまう。また、特筆すべきは場面を盛り上げるBGMが無いこと。鳥のカァカァという鳴き声のみで恐怖を助長するのだ。そのカメラワーク、展開に人の恐怖心理を知りぬいたヒッチコックの天才性を実感する。


『鳥』は1963年の映画だが、当時最新の合成技術により無数の鳥たちによるパニックが描けたという。自然の生物が反旗を翻して意味も分からなく人間を襲う様は本当に怖い。意味が分からないという点が最も恐怖なのだろう。台風や地震の自然災害のように。そして鳥は、嘴が痛そうだ。実際主人公を演ずる女優ティッピ・ヘドレンはケガまでして撮影したという。


この恐怖の名作はそのグロテスクさのためか、「アレキサンダー・マックイーン」が1995年春夏コレクションのテーマに用いている。ブランド黎明期であるこのシーズンから、狂気と美と恐怖が混淆したマックイーンらしいクリエイティヴィティが充溢している。リー・アレキサンダー・マックイーン本人の頃のマックイーンは、コレクション自体がホラーだった。ホラー映画の名作『シャイニング』をテーマにした1999年秋冬、VOSSと謳った精神病棟のような演出の2001年春夏など、ファッションという単なる服ながら、恐怖を感じさせ、ゾッとする。


さて、ヘドレンが気になる男性に小鳥を届けに行くラブストーリー染みた展開から始まる『鳥』。後半、あなたが持ってきたせいよ!と住民から詰られるヘドレン。鳥も怖いが人の感情も怖いのだ。まあ正直、展開が鈍いので開始から40分くらい単調な映画なのだが、この時間に薄荷ミントティーで落ち着いておこう。鳥たちの襲撃が始まったら息つく暇もない。


ゾッとする鳥の鳴き声と、スッとするミントの香りは、残りの残暑をヒヤッとしてくれるはずだ。

 

by writer Mitsuhiro Ebihara 

 

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