BALLON JOURNAL Vol.23

BALLON JOURNAL Vol.23

ユジャ・ワンの超絶技巧で聴覚からジメジメをスカッと暑気払い

クラシック音楽というとこれぞ芸術!と思う人が多いだろう。そのため難解で敷居が高いというイメージが強い。しかし、19世紀はエンターテインメントだった。映画やテレビ、ゲームなどの娯楽はもちろん無く、今クラシック音楽と呼ばれている音楽は娯楽だった。リストやタールベルク、ヘンゼルトなどヴィルトゥオーゾと呼ばれる超絶技巧の作曲家でありピアニストたちが腕を競い合い、聴衆を楽しませていた。

現代でこういった面がないかというと、実は少しある。かなりの技巧を持つピアニストは技巧を発揮するためだけの曲をアンコールなどで弾き、聴衆を楽しませくれる。19世紀のスタイルが継承された20世紀の大ピアニスト、ウラディミール・ホロヴィッツ、ジョルジ・シフラなどは自身の超絶技巧をふんだんに発揮するために有名な非ピアノ曲を自らピアノ独奏に編曲していた。オペラのカルメンやヨハン・シュトラウスのウィンナーワルツなど一度は耳にしたことがあるメロディーがド派手なピアノ曲になって再現され、何も考えずに楽しめる。分かりやすく豪華なので、うだるような夏や憂さ晴らししたいときにぴったりだ!

編曲ものは正統派でない&内容空虚で難しいだけという理由から今まであまり演奏されていなかったが、ここ数年、ピアノ技巧の向上が寄与しているのかこういった過去のエンタメ大遺産を弾くピアニストが増えている印象だ。特に中国出身の人気ピアニスト、ユジャ・ワンを見て欲しい。彼女の技巧は凄まじい。露出過多なドレスで演奏するので背中の筋肉がよく見えるのだが、しなやかな筋肉の躍動は最早アーティストというよりアスリート!元気溌剌な演奏を見せてくれる。

ホロヴィッツ編曲のカルメン変奏曲など、ラストの両手の跳躍が超速で飛び交い、もはや曲芸だ。




ホロヴィッツ本人の演奏はもっと神経質なところがある。

 


 

シフラ編曲のトリッチトラッチポルカも凄まじい演奏。細かいパッセージの粒立ちと余裕綽々で当たる跳躍にびっくり仰天。手が残像と化す。

 

 

ユジャ・ワン自身、メカニカルで打楽器的な曲を残したプロコフィエフに傾倒すると発言していることもあり、技巧が前面に出された曲がはまるのだろう。プロコのピアノ協奏曲も悶絶物のピアニズムを見せてくれる。ピアノ協奏曲3番はちょっとフューチャリティックでテクノみたいな印象があり、聴きやすくクールでおすすめだ。




映像を見てわかると思うが、ユジャ・ワンの衣装もクラシック的ではない。以前来日した際は、なぜかシュプール編集長とアップルストア表参道でトークショーをしていたほど、趣味の良し悪しは別にしてファッショナブル。10cmのピンヒールはペダル踏みにくくないの?と思うのだが、彼女のピアニズムはそこではないのだろう。まあ結婚式の2次会のカクテルドレスみたいな古臭いドレスを着ているピアニストより100倍おしゃれであることは間違いない。

さて、超絶技巧は見ているだけでもスカッとする。サイダーやモヒートを飲みながら聴けばジメジメした日本の暑気も払拭!空調の利いた部屋でキンキンに冷やした炭酸飲料に、ミントのフレグランスを香らせてユジャ・ワンの映像を見たら気分爽快になること間違いなし!ぜひ爆音で流したい。

芸術は技巧そのものが芸術になる面がある。artの訳は芸術であり技術なのだから。うじうじジットリ湿った芸術も良いけれど、夏はゴリゴリでスポーティーな芸術を楽しみたい。五輪も始まるようだし。

 

by writer Mitsuhiro Ebihara 

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